ダ・ヴィンチのノート

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British Hills 中世英国の伝統的なケーキ

上司の方からあたしに、焼き菓子をいただいた、と
妹が仕事帰りに持って来てくれました。


中世英国の様式を再現した複合施設
【British Hills 】 http://www.british-hills.co.jp/
特製のケーキ。

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ここは
中世のマナーハウスを模しており
宿泊、研修のできる施設。a0119252_034867.jpg

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ケーキの説明には
中世英国の
伝統的な焼き菓子の濃厚な味を再現、とありました。



さっそく紅茶を入れて、
ティータイムです。

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ブランデーとラム酒に一ヶ月たっぷりつけこんだという
たっぷり入った多種多彩なドライフルーツが
とてもとても美味しく、

ケーキの生地はミンスパイのようにウェットでスパイシーで卒倒しそうに甘いのですが
そこに埋もれたドライフルーツの爽やかで香り高い酸味がキラリと光って誘うので

甘い甘い甘いと思いながらも
二切れも食べてしまいました(笑)

御馳走様でした。


妹の職場は
英国関係の企業や人と接するので
仕事帰りの妹のカバンには、いつもなんだかわくわくします(笑)
毎回、英国関係の素敵な何かが必ず出て来ます。
だから楽しみなのです。


小さな頃、祖父や祖母、誰かがうちに訪ねてくると
そのカバンや紙袋からいろんな楽しいもの、美味しいものがでてくるので楽しみだったように!

英国の重厚な趣が大好きなあたしは
妹の仕事の話を聞くのも楽しい。

モルトウイスキー好きな父もきっと
あたしと同じように楽しみにしているに違いありません。

今日は
イングリッシュガーデンや
レセプションにかぶって行く素敵な帽子の話でした。
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by ras4love | 2009-06-18 01:02 | 美味しかった? | Comments(0)

ルーツ …思いついた順にその3 水玉模様の六月の日曜日

六月末に予定している法事の主役のひとり、
父の母、「千」祖母。
「アルベール」祖父とともにルーツ …思いついた順にその2 アルベール
歩みつつ、

あたしの母いわく
母に意地悪を言いつつも(笑)
公には
ボランティア活動、図書館の本を声で読み上げ録音して
目に見えない人のための録音[本]を充実させることに打ち込んでいました。
書道にも凝っていたし
鍼灸もかじっていたし
録音[本]のためにアナウンサーの勉強もして
ちょっとした録音機材も小さなスタジオ程度、揃えていたり
あまり主婦然としていない祖母でした。


[自由学園]という私立の学校をうちのきょうだいに薦めてくれたのも祖母です。

あたしという人間の土台は
自由学園幼児生活団(幼稚園)と自由学園初等部に通った時代につくられたと思うので
「千」祖母には感謝しています。


学校法人自由学園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(自由学園 から転送)
自由学園(じゆうがくえん)は、東京都東久留米市学園町にある学校法人。
幼稚園から大学まで独自の教育理念に基づいた一貫教育を行う。
クリスチャンだった女性思想家の羽仁もと子と羽仁吉一の夫婦によって
1921年4月15日、キリスト教精神に基づいた理想教育を実践しようと豊島区に設立された。
毎日の生活を生徒自身が責任を持って行う自労自治の精神に基づき、学生の多くが学園内の寮で生活し、校内の維持管理や給食調理も生徒自身が行うなど、文部科学省のカリキュラムにとらわれない独自の教育方法で知られる。農場や学校林も所有している。
また、豊島区にある明日館はフランク・ロイド・ライトと遠藤新の共同設計で、1997年に国の重要文化財に指定されている。
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自由学園に
自分の孫を入れよう
という
祖母の意思は

そのまま
「千」祖母のあたしへの愛情だと思って
素直に嬉しい。

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たぶん
感受性過敏気味
だったあたしには
スポンジに水が
しみこむように

ほんとうに
毎日毎日
五感六感フルに
よい経験を
積み重ねられたと
思います。





美術教育、
食育、
自然の多い環境、
音楽教育、
デンマーク体操(笑)、

そういう要素が全て、今のあたしの素。

フランク・ロイド設計の校舎や椅子、庭の広い広い芝生を
手入れも含めて生活の中で使えたということも貴重な経験です。




とはいえ
あたしの祖母の実際の記憶は
いつも
母との確執という、湿った暗い霞のむこうにあります。

母も
祖母も
たぶん、ものすごく知識欲が旺盛だったのに
思うようにそれを認められないように感じつつ

きょうだいもなく育った勝気な娘どうし
似たものどうし
なんとなく張り合ってしまっているんだなと
あたしは思っていました。

二人の間にいて
頭上を飛び交う、熱くて鋭い言葉のやり取りに
胸を傷めつつ。


亡くなるまで知らなかったのですが、「千」祖母は千住の生まれでした。
優等生的な母の言葉に
間髪入れずに切り返すあの早さ、正確な鋭さは下町気質に由来していたかと、
妹と二人、
顔を見合わせて笑ってしまいました。


母は料理はあまり上手ではありませんでしたが
モノ選びのセンスは卓越していて
子ども達の服も彼女なりのセンスで選んだ生地で手作りが多かったのですが

「千」祖母も洋裁が上手だったので
ほんとうは
孫のあたしたち姉妹にも服を作りたいと思っていたのかもしれません。

ある六月の日曜日、
荻窪の教会にあたしを連れて行くから、と祖父母の家に一人、呼ばれたことがありました。
駅で待ち合わせてもいいのに
どうして家まで呼ばれたんだろうと怪訝に思いながら祖父母宅に着くと
「千」祖母が
少し照れながらワンピースを持って来て
『ras4ちゃん、今日はこれを着ていこうね、おばあちゃんが縫ってみたの』

なんと、祖母とお揃いのワンピースでした。
白い生地に青い水玉の柄で、ちょっとカルピスみたいでしたが
爽やかでパッと華やかで素敵なワンピースでした。

日傘をさして、青い水玉の白いワンピースの祖母は
いつになく晴れやかな笑顔で

あの日の眩しい陽射しとともに覚えています。


その日、あたしは母の手作りのよそ行きワンピースを着て出たので
祖母のワンピースから着替えて帰り、
母には何も言いませんでした。

「千」祖母とお揃いの白い水玉のワンピースでのお出かけは
眩しい陽射しの記憶として

湿らせたくなかったのです。


その後
「千」祖母の手作り、お揃いワンピースの件はずっと内緒にしたまま

「千」祖母の通夜で30年ぶりに初めて人に話したので
みな、驚いていました。
父は初めて知って、嬉しそうでした。
母はすでに亡くなっていたので知らないままでしたが。

祖母とお揃いの
水玉の素敵なワンピースで教会に行き、
帰りにパフェを御馳走してもらったあの六月の日曜日のこと、

「千」祖母とのいい思い出です。
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by ras4love | 2009-06-15 23:27 | Comments(0)

ルーツ …思いついた順にその2 アルベール

父方の祖父が亡くなったのはもう十数年前になるけれど
ほんとに大好きな祖父だったので
お骨になるときは悲しくて悲しくて、ひとり大泣き。
その横で慰めてくれたのは
普段まわりにいて、よく話しているあたしの家族じゃなくて、
あの「宍戸さん」でした。ルーツ …思いついた順にその1
『あんたがそんなに涙を流すほど大好きだったのは、きっとあのおじいちゃんもわかってるよ。
そんなに赤ん坊みたいに泣いて惜しまれるなんて、ほんとにいい人だったね、あんたのおじいちゃん。』
ぶっきらぼうで少年みたいな口調だし、
今、思えば、なんだか小さな男の子を慰めているみたいな言葉でしたが
とてもありがたかったし、落ち着きました(笑)


さて
その父方の祖父がなぜ「アルベール」なのかという話です。

祖父には兄がいて、
牧師であり、関西のD志社大学神学科で教えている人だったんですが
異母弟妹含めて4人きょうだいのうち
牧師のお兄さんと祖父は特に仲が良かったようです。

祖父を偲ぶ会の席で、突然、
父が手紙を取り出し、
祖父のユーモラスな一面を偲ばせると思うので、とことわって読みあげ始めました。
どうも
若かりし祖父が、若かりし祖父の兄、K大叔父とかわした手紙のようですが
署名が可笑しいのです。

『君の忠実なる弟、アルベールより』

です。

それに応えてK大叔父も
『親愛なるアルベール』ではじまり。
なにやらKで始まるフランス名で署名した返信。


手紙の内容も、
時代がそんな時代だったのかもしれないし
神学を志した青年と
科学を学んでいた青年だったからなのか
哲学的で詩的で温かいユーモアにあふれた軽妙なやりとりで

あたしは
そんなおじいちゃんの孫なんだ!と
その手紙のやりとりを聞いていて
じわりと心の底から嬉しくなりました。


「アルベール」祖父は
孫のあたしの理解する範囲では、
ブタンガスとかメタンガスとかを爆発しないように管理する技術の研究をしていて、
エキゾチックな国々への出張も多い仕事でした。
スペインやシルクロードの奥地から
『ミヤゲモノノボウシヲカブッテイタラ、ニホンジントハオモワレナクテ、タイヘンナオモイヲシマシタ。オジイチャンヨリ』などと、全部カタカナの文が書かれた絵葉書を
送ってくれたものです。

何のお仕事をしているの?と聞く度に
『…お尻からプッと出るもの、知ってる?知ってるか。それの研究だよ。』と。
口髭をはやしていて
いつもキャメルの煙草をふかしているので
口髭の煙草をもぐもぐ動かして、あの茶目っ気のある目で言うのです。

え〜?!お尻からプッとでるものなんて知ってるけど、
それって…!?それの研究でなんでスペインやインドにまで行くの?と、
聞く度にふざけてるのかと思いましたが

ほんとにガスの研究でした(笑)



例の手紙のやりとりは別にして
「アルベール」祖父はAB型の次男の典型的なタイプだったような気がします。
自分の興味のあることに集中して造詣を深め
それなりに真摯にしかし飄々と学び続け
亭主関白気味で(笑)
ひとにはあまり干渉しない。
守るべき存在に対しても、一歩後ろでニヤリとしながら見守っているかんじ。

もともと父の家系は
修験行者、山伏の家で
福岡の求菩提山という霊山を守っていました。
○○坊という名もあります。

「アルベール」祖父の山伏っぽい?根性をみた気がしたのは
72歳にして初めてスキーに挑戦したところです。
楽しかったようですが
脚を骨折してました(笑)

求菩提山の山伏だったということが自分たちのルーツであるという感覚は
「アルベール」祖父はもちろん
K「牧師」大叔父までも持ち続けていて
「牧師」なのに、神学科で教えているのに、

『大きな声では言えないけれど、実はね、おじちゃんもそう思うよ。
求菩提の神も、仏も、聖書の主も、他のたえなる存在も、人間の命のはるか上の想像をこえたところではひとつなんじゃないかと。』

なんて
あたしや妹に、茶目っ気のある笑顔でひそひそと囁いたくらいです。

父の家系の血筋というのはそういうところに感じます。

一歩ひいたところで大きな流れをしっかり見据えつつ
一本歯の下駄で片足で立って八つ手の葉でバランスをとってみせる茶目っ気というか。

そうそう
求菩提山は鴉天狗(カラス天狗)の里なのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/求菩提山
求菩提山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
求菩提山(くぼてさん)は福岡県豊前市求菩提と築上郡築上町寒田の境界に位置する筑紫山地に属する標高782メートルの山である。麓の豊前市のシンボル的な山であり、かつては英彦山、犬ヶ岳と共に修験道の山だった。

古くから修験道の霊山として修行が行われ、1870年頃の明治時代前期まで山伏信仰が行われていた。山頂付近では修験道に関係する「求菩提五窟」と称される普賢窟・多聞窟・迦陵頻伽の彫られた岩洞窟など遺跡や遺物が存在しており、国宝や重要文化財に指定されたものもある。こうした歴史的背景から国の史跡にも指定されている。
山頂付近には豊照神社や資料館、キャンプ場があり、周辺には湧き水も多い。山頂の神社に至る850段の石段は「鬼のあぶみ」とも呼ばれ、山中を荒らし回っていた鬼が求菩提権現との誓約により一晩で築いたという伝説が伝わる。
周辺には英彦山や耶馬溪などがあり、求菩提山も耶馬日田英彦山国定公園に含まれる。
また、求菩堤山には鴉天狗の伝説が伝えられており、豊前市のマスコットキャラクターである「くぼてん」はカラス天狗にちなんだマスコットキャラクターである。

求菩提の鴉天狗は[次郎天狗]とよばれている。a0119252_181812100.jpg求菩提山の麓の資料館に鴉天狗の像もあります。

「アルベール」祖父の希望で
兄のK「牧師」大叔父によるクリスチャン式のお葬式をしながらも求菩提に分骨するため
父や父の従兄弟達と行ったので
父のルーツ、山伏のご先祖達の眠る霊山を訪ねる機会がありました。

求菩提の霊山も、明治の号令で国護の神道に変えられたので
現在、山守をしている遠い一族の方がお墓に備える「榊」を持参、
父たちと同行したK「牧師」大叔父の息子達、つまり父の従兄弟達が薔薇を1輪ずつ。



『…「アルベール」叔父が赤い薔薇好きだったから』と
山の中腹の鬱蒼と繁る緑の中のお墓まで
途中、鎖場もある、かなりの登山道を、
父の従兄弟のおじさんたち、薔薇一輪づつ持って登って来てくれていたんです。

こうしてお墓の花瓶にそなえられた榊に真っ赤な薔薇が一輪ずつ。


榊の中の
燃えるように赤い一輪の薔薇は
たしかに、茶目っ気があって、そして洒落ていたあの「アルベール」祖父らしい気がして
山の自然の中で鮮やかに目に沁みました。



鬱蒼と茂る緑と
湿った枯葉に覆われた土と
大きな黒々とした岩の山、求菩提山。
そんな力強い自然を踏みしめて
脚にみずみずしい大地の気を感じ
頭にみずみずしい天の気を感じて立つと

身体の感覚、心の感覚、
他者と自己の感覚、
みな混然一体となって、

自分は
一滴として大海を見ているのか
大海として一滴を見ているのか
わからなくなるような目眩のような感覚。

求菩提の山の
大きな石室のあるお墓で
千年も何百年も昔のご先祖の存在を記す名の刻まれた石壁を見ながら

そういう、なにか深淵で大きくてとらえどころのない雲のような脈打つ感覚を
『これが父方の血筋の感覚。』と、心身で理解したような記憶があります。


「アルベール」祖父も
あの感覚を一生持ち続け、
安らかに
その大きくて深い雲のような脈うつあの感覚のもとへ
とんでいったのかもしれません。

「アルベール」祖父の最期、
あたしはなんだか予感がして、ただひとり祖母のもとに急ぎ、
祖母とあたしで最期を看取りました。
息をひきとる、というのが本当にその字のごとくであることを知りました。
スッと。
この世の最期の息は持って行くんだ、と思いました。

あたしのその後の人生と
あたしの歩む大きな岩のゴロゴロしている曲がりくねった荒野の道を見て

『ras4、[死]はこういうものだよ。
どんな形にせよ、必ずいつか、訪れる。
[死]がくるまで精一杯生きたのなら
[死]を淡々と安らかに受け入れるだけだ。』と

示してくれたのかもしれない。

赤い薔薇の「アルベール」祖父は
わたしのルーツの中でもかなり存在感があります。
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by ras4love | 2009-06-12 14:38 | 好き | Comments(0)

ルーツ …思いついた順にその1 ししどさん

先日、父方の祖母の従姉「宍戸さん」が亡くなりました。

父方の祖母のいとこなんて
今の世の中じゃ、だいぶ遠い縁なので亡くなったからといっても
孫世代が格別どうこうするほどでもないんでしょうが
あたしは「宍戸さん」が好きだったし
なんだか自分の遠いルーツではあるけれども忘れてはいけない根っこのような気もするので
ここに記録。

父方の祖母は早くに両親を亡くし
その従姉「宍戸さん」のおうちで姉妹のように育ててもらったので、
その従姉はもう、すごく強烈なひとでしたが
祖母はお世話になったから、と
我慢しながらもつきあい続けてました。

「宍戸さん」は
【宍戸左行】という漫画家 http://kotobank.jp/word/宍戸左行の一人娘で、
古文研究家で本も出しているような母上がいる
宍戸嘉美というひとです。


宍戸左行『スピード太郎』復刊版別冊付録に解説を書いたりしているのが彼女です。
解説について一言
祖母側の立場からいえば、相当、意地悪な書かれ方で祖母も登場してます。
ほんとに「宍戸さん」と一緒に育つのは
並大抵の神経じゃもたなかったと思います。




コトバンクによれば

宍戸左行 ししど‐さこう

1888‐1969
大正-昭和時代の漫画家。
明治21年11月5日生まれ。44年渡米し、洋画、漫画をまなぶ。
帰国後、「東京毎夕新聞」に政治風俗漫画を連載。大正15年に日本漫画連盟を結成。昭和5年から「読売サンデー漫画」に連載した「スピード太郎」で注目される。戦後は水墨画をえがいた。
昭和44年2月3日死去。80歳。福島県出身。福島中学卒。本名は嘉兵衛。
出典:講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2009


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宍戸嘉美というおばさんのことは
単に「宍戸さん」とよんでいました。

「宍戸さん」が
お父上の生誕100年展を三越かどこかで開催したときに
当然のようにうちの家族が一族郎党かり出された時
あたしは初めて「宍戸さん」と出会ったようなものです。

父や叔父なんて、勤め先に「宍戸さん」から好き勝手に電話がかかってきて
「おい、M、今から車で迎えにきて、この作品集を運んでくれ」とか
呼びつけられたと苦笑してました。
「おい、M」だなんて呼び捨てだし、「運んでくれ」だなんて
おばさん世代のいい大人が使う言葉じゃないし
平日のそんな時間、普通のひとは皆、勤務中だとわからないはずがありません。

「宍戸さん」は
そんな、だだっ子のような、わがまま娘がそのままおばさんになったような
でも、ひとりぼっちで寂しいから、ずれてるヒトなんだと、
うちの家族ではそう認識されていたと思います。

あたしは
苦笑しながら父が言った「宍戸さん」の言葉、
なんだかちょっと胸が痛くなりました。

あのヒトがそんなことを頼もうにも自分には弟も息子もいなくて
甥っ子のMが、そのとき大きな仕事をしているのは重々承知だけれど、自分の用事にもかまってほしいし、自分の父の残した軌跡にももっと関心をもってもらいたいのに素直に言えず、
好きな子にちょっかいを出してしまういじめっ子みたいな
半分、嫌がらせみたいな行為とか

「宍戸さん」なりに
テレてそんなこと言ってしまったような気がしたのです。


頑固で融通がきかなくて我侭で非常識で偏屈で天の邪鬼で孤独。

という透明の分厚い壁に
閉じこもってるのか
まわりが
閉じ込めてしまっているのか

そんな印象を分厚くまとっている「宍戸さん」でしたが。

「宍戸さん」自身も
お父上のアメリカ修業時代のつてでアメリカやイギリスに遊学し、
AsahiEveningNewsでエッセイを連載していたり、と
いろいろと感性も繊細なヒトで
あたしは彼女自身にも興味がありました。

頑固で融通がきかなくて我侭で非常識で偏屈で天の邪鬼で孤独。

というところにも
親近感を覚えました(笑)


あたしが通信社に勤めていた時
突然、広報が内線で『あなたのおばさんだというヒトがAsahiEveningから内廊下で入って来てますが知り合いですか?』とかけてきて
『おばさん?AsahiEvening? 誰?!』と思っているうちに

『お〜い、ras4!029.gif

なんと「宍戸さん」がうちの部の入口から頭だけだして手をふっていました(笑)

ありえない光景なので
部の同僚や上司がみんなたまげてました(笑)

当時は朝日新聞社ビルに間借りしていた通信社なので
一般のヒトはまず入ってこられない作りになっているのです。
AsahiEveningはたしかに隣接するビルですが、そこからも新聞社の受付や警備、通信社の受付デスク、といろいろ関門があるのです。

「宍戸さん」、
あたしの勤務先をきいて、突然、驚かせてやろうと思ったらしいです(笑)
ついでに、かつてエッセイを寄稿していた朝日イブニングニュースの編集室にも顔を出し、
その当時の彼女担当の編集者は皆、出世して朝日新聞社の編集委員になっていたので
そっちにも顔を出し、
いろいろ驚かせて楽しかった、と
その日、勤務が3時でおわったあたしを連れて東銀座の【更科】だったかで蕎麦を御馳走してくれました。

その蕎麦屋でも可笑しかったのは
「あんたはまだヒヨッ子だからザル。アタシは違うからこっち」
と自分は海苔つきの蕎麦を注文しちゃうところ。
問答無用(笑)
そしてツユは辛い方。これは「宍戸さん」が好きなのは辛い方だから。

ある日、ひとりで「宍戸さん」宅に用事で行ったことがあります。
砧の鬱蒼とした緑に沈むお屋敷ばかりの一角に
森か林か、竹林か、といわんばかりに生い茂る木々のなかに
埋もれるような
朽ちかけてみえる平屋。
いや、もう事実朽ちかけてます。少しこわい(笑)
むかいは吉田茂の屋敷だよ、と声を潜めて言う「宍戸さん」。
吉田茂、って元首相の?!

その日、帰る支度をするあたしに「宍戸さん」は
奥のほうからごそごそと
ぴかぴか光る靴をたくさん出して来ました。
だいたい本革エナメルのイタリア製の靴。
ヨーロッパ遊学しながらエッセイを寄稿する、優雅な若かりし頃に買った靴なんだそうです。
気に入って買ったけど
日本じゃあまり履く気分にならなかった、とか。
あたしの足を見て、
日本の靴が合わずに苦労した「宍戸さん」ぴんときたんだそうです。
おんなじ足だ、って(笑)

たしかにサイズがぴったりだし、形も同じでした。
幅が細くて甲が薄くてお母さん指が一番長い。
しかし残念なことに
「宍戸さん」がくれた靴は
「宍戸さん」が選んだ靴らしく強烈だったので
せっかくぴったりだったけれど、なかなか履けませんでしたが(笑)

四枚花弁のある花飾りのついた靴はその花が気に食わないといって、
上下2枚の花びらが鋏でチョキンと切り取られ
『左右2枚の花びらで、リボンのように見えるかと思ったら見えなかった、アハハ。
ras4が履いたら、きっとリボンに見える。』
いいえ、
あたしが履いても上下の花びらを切り取られた花のついた靴にしか
見えません(笑)


突然そうやって御馳走してくれたり、物をくれたり、というのは
「宍戸さん」の行動としては珍しいらしく周りには驚かれましたが
あたしは心の中で
『「宍戸さん」もあたしと似た者同士だと思ってるんじゃないかな、
あたしが彼女を好きなのをわかってるからじゃないかな』
と密かにつぶやいたものです。

「宍戸さん」晩年は病気で入院したりでしたが
あの性格なので追い出されたり、飛び出たり、
あたしも手伝おうといったんですが
小さい子連れじゃ無理!と
父の妹が介護、看護は一身に引き受けてくれて、

「宍戸さん」、そのまま亡くなりました。

あたしは
ちょっと洗練されたセンスをもちながら
やんちゃな少年のような口調でテレを隠し
どこまでも我侭に偏屈に周囲に迷惑をかけて強烈な想い出を残して行った
「宍戸さん」
愛すべき「宍戸さん」
 …宍戸さんのいいとこどりしかしてないあたしだけ?(笑)
いなくなって寂しいと思ってます。


献体登録していたのでまだお墓にいっていなかった父方の祖母も戻って来たので
今月末に
二人の入るお墓が両方ある雑司ヶ谷霊園で法事があります。
のびのびになっていた引越がとうとう本決まりになり
荷物の整理がてら古い写真や手紙も整理してます。
引越、これまた今月末です。
お義母さんのルーツである日本の離れ小島を訪ねる旅を予定しています。
これもまた今月末です。
そんなわけでなんとなく自分のルーツについて思うことの多い今日この頃です。
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by ras4love | 2009-06-10 12:00 | 好き | Comments(13)